1.コロナ禍における
「救急搬送困難事案」の現状について
愛知県民の多くは、119番をダイヤルすれば即座に救急車が到着して、医療機関にスムーズに運んでもらえ、しかも優先的に治療が受けられるから安心…「119番の救急搬送」にはそんなイメージが根強いと思う。しかし、救急搬送要請が近年増加していることに加え、新型コロナウイルス感染症が急拡大した「第6波」において、これまで、医療機関や消防機関の皆様のご努力により、全国的に見ても医療機関への受け入れが非常に円滑に行われていた本県においても、長時間受入れ医療機関が決まらない事態が起きるなど、救急医療現場に今、異変が生じている。
総務省消防庁では、救急隊が医療機関に受入れ可能かどうか4回以上照会し、現場到着から搬送開始まで30分以上かかったケースを「救急搬送困難事案」と定義し、全国52の政令市消防本部および東京消防庁・各都道府県の代表消防本部の管内で発生した件数を1週間ごとに集約、公表している。それによると、新型コロナウイルスの感染「第6波」のピークと推測される2月23日までに、救急車の到着後も搬送先がすぐに決まらなかった「救急搬送困難事案」が14~20日の週では全国で計6,064件が報告。6週連続で過去最多を更新し、これは感染拡大「第5波」でピークを迎えた昨年8月第2週の3,361件を大きく上回り、最悪のレベルに達したとのことである。地域別では東京消防庁が最多の2,849件、大阪市消防局が557件、横浜市消防局が432件と続き、本県名古屋市消防局は148件だった。元々、冬場に多い脳卒中や心筋梗塞の発症増があることに加え、感染力が強いオミクロン株による第6波で病床や医療人材が逼迫したことが主な要因となり、搬送困難事案の増加に拍車をかけた。
県防災安全局にお聞きすると、本県の救急車の出動件数は、県内34の消防本部の集計で令和元年に363,647件、2年が323,150件、そして3年が速報値で337,109件。全国の状況からして、この中には、コロナ禍における「救急搬送困難事案」が含まれることが想像できる。そこで、県防災安全局として県内34の消防本部へ救急業務の現状について聴取されておられるとうかがったので、以下、2点にわたり質問。
Q:医療機関への受け入れ照会が4回以上、現場の停滞時間が30分以上の「救急搬送困難事案」の発生について、本県の実状は?
【防災安全局長】
消防庁の調整における第6波の救急搬送困難事案の件数は、名古屋市では、本年2月7日から13日までの1週間で過去最多の207件となり、これは昨年8月のデルタ株が流行した第5波の最多件数である44件を大きく上回った。また、名古屋市以外の地域では、本年2月の同期間に76件となり、県内全体では283件となっている。消防機関からは、この間に現場滞在時間が100分を超える事案が4件発生するなど、救急活動時間が長時間化しているとの報告を受けている。その後の県内全体の救急困難搬送事案の件数は、2月14日からの1週間では225件、2月21日からの1週間では109件と減少傾向で推移しているが、引き続き、県内の救急搬送困難事案の状況について注視していく。
さらに、コロナ禍により、これまでの救急活動から大きく状況が変わり、最前線で活動する消防職員への負担も大きくなっている。さる2020年9月9日「救急の日」にちなんだ新聞記事が目に留まった。その記事によると、新型コロナウイルス禍で傷病者などの搬送を担う全国の消防職員を対象に名城大学や筑波大学の研究チームが行なったアンケート調査で、救急隊員の9割が自分や自分を介して家族がコロナに感染する不安を感じているというものだった。また、コロナ禍での救急活動中での体験では、ゴーグルやフェースシールドが曇るなど、感染防護装備を付けての活動がしにくかったこと。傷病者に発熱があるだけで感染リスクや消毒などを考えなくてはならなかったこと。傷病者搬送後の車両や資機材、そして自身の消毒や洗浄に時間を要し、次の出動に支障が出るおそれがあったこと…など、救急隊員が大きな不安やストレスの中で活動している現状が明らかになっている。しかし、救急隊員はコロナ感染が疑われる患者に最初に接するエッセンシャルワーカーと位置付けられながらも、医療従事者に比べて社会的関心が寄せられていないことで、研究チームは「少しでも負担を軽減する対策が必要だ」と指摘している。
Q:多くの消防職員が、救急要請があれば傷病者を適切迅速に医療機関に搬送しなければならない、という強い使命感をもって活動しているが、コロナ禍における消防機関の救急活動に対する本県の支援策は?
【防災局長】
救急活動に携わる消防職員は、傷病者に最初に接触し救急措置を行う任務を担っており、救急活動を維持するためにも感染を防ぐことが大変重要である。
このため、本県では、1回目のワクチン接種において、医療従事者と同様に消防職員に対する優先接種の支援を行うとともに、3回目となる追加接種においても、ワクチンの早期接種を推進している。また、救急活動で着用するマスクや手袋、防護服などが不足する消防機関に対して、消防庁からの感染防止資機材を定期的に提供している。さらに、県、県医師会、県病院協会、消防機関等が参画する「愛知県救急業務高度化推進協議会」において、救急隊が活動中に感染しないよう、傷病者との接触人数を減らすことや現場活動時間の短縮など、傷病者に対して行う観察や処置の手順をまとめた新型コロナウイルス感染症に対応する心肺蘇生法のプロトコールを策定し、救急活動の現場で活用されている。県としては、引き続き、こうした支援を行うとともに、医師や消防機関等で構成する各地区の協議会等において、救急活動の現状や課題について情報収集するなど、庁内関係部局が連携して救急搬送が円滑に行えるよう対応していく。
2.「児童虐待防止対策」について
とりわけ児童相談センター(以後、「児相」とする)における体制の強化として、虐待が疑われる受傷の医学的判断を行う法医学専門医師についてうかがう。
温かい家庭は子どもたちにとって安心できる場所のはずだが、今、親から虐待を受け、幼い命が奪われる「児童虐待」事案は後を断たない。
本県の児相への令和2年度児童虐待相談件数は6,019件で前年とほぼ横ばい。その6割強が子どもへの虐待が疑われた警察からの通告で、被虐待児童の半数近くが就学前までの児童で占めている。本県警に聞くと、児童虐待に起因する事件の検挙数は増加傾向にあり、令和元年に100件を超え、直近の令和3年の検挙件数は149件で、被害児童数は150人と過去10年を振り返っても最多となっている。
虐待は家庭内という密室で起きていること、親からの口止め、特に児童の多くはいくら虐待されても親をかばい、虐待の痕跡を隠そうとする傾向にあり、なかなか立証が難しいといわれている。さらに、虐待はエスカレートしていくので、子どもを死亡させる可能性もはらんでいる。だから、児相が子どもにあざのあることを把握し、親権者による養育が困難とした場合は子どもを一時的に保護するが、その期間は原則2か月まで。その後も保護を延長する場合は親権者の同意が必要となる。しかし、子供の身体にあざを見つけても、親が「転んだ」と暴力を否定すればその後の対応に苦慮することがある。そうした場合に法医学者の診断が客観的な証拠となるため、法医学者の取り組みは、子どもの命を守る最後の砦だとも言われている。
法医学者は、犯罪に巻き込まれた疑いのある遺体を警察などの嘱託により司法解剖し、死因の究明をする医師のこと。今、児童虐待が深刻化する中、傷やあざから原因を特定する法医学の専門性を生かし、虐待が疑われる児童を診断する「生体鑑定」で負傷の原因を調べる。法医学の視点から虐待事実の証明ができれば、虐待を受けた子供の一時保護や児童養護施設への入所、あるいは刑事事件及び裁判の証拠に活用することもできる。
国も、虐待防止策には児相と法医学者などとの連携強化を推し進めているが、全国的な課題がある。それは、法医学者のなり手が少ないため、慢性的な人手不足だということ。日本法医学会によると、司法解剖などの実務に携わる法医学者は全国で140人程度。慢性的な人員不足から、我が国では警察による死因究明にあたっての解剖率が他国と比べて大幅に低いのも課題だと新聞で報じられている。
本県でも、県警察が令和3年に取り扱った7,801の死体のうち、解剖がされた死体は413体。本県には法医学者は7名おられるそうだが、死因究明の体制を強化するためには、解剖医などの人的基盤の確保も必要とのこと。
厚生労働省は児相の体制強化のため、平成31年に小児科医や精神科医とともに法医学者との連携の方針を示し、全国の児相に法医学との連携状況を尋ねたアンケート調査をしている。それによると、全国の児相の半数が身近に法医学者がいないことなどから「連携しなかった」と答え、法医学者の確保が大きな課題になっている。本県では児相における体制の強化として、虐待が疑われる受傷の医学的判断を行う法医学専門医師を平成14年から「児童虐待対応法医学専門医師」として依頼していると聞いた。
Q:人員不足が言われる法医学者の確保と、“虐待を見逃さない”これまでの取り組みについて、児相と法医学者との連携の成果は?
【福祉局長】
児童相談所が対応する事案の中には、子どもの傷の原因に関し、保護者と子どもの説明に食い違いがあったり、子どもの年齢が低く自ら説明することが困難なため、児童相談所だけでは虐待の判断が難しく、法医学の専門的な知見が必要な場合がある。このため本県では、2002年度から虐待が疑われる傷の医学的判断を法医学専門医師に依頼しており、今年度は1名増員し、3名の医師に相談できる体制としている。2016年度からの5年間で105件の相談を行ない、傷の写真や様々な診療データに基づく法医学専門医師の意見を踏まえ、虐待の疑いが強いと判断したケースについて、一時保護を行った上で、虐待を否定する保護者に対して指導を行うなど、再発防止に役立てている。
また、保護者の意に反して、一時保護を延長するなどの際には、家庭裁判所の承認を得る必要があり、法医学専門医師の所見を証拠書類として提出し、承認に至るケースもあり、児童の安全確保に寄与している。県としては、法医学専門医師と連携を図り、児童虐待を見逃すことがないよう取り組んでいく。
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